「精神論トークギグ!伊津美塾ブログ」

エンタテインメントで生きる 伊津美敬 IZUMI TAKASHI による「精神論トークギグ!伊津美塾ブログ」をご覧いただきありがとうございます。 エンタメや芸術に生きてきた..これまでの血反吐を吐いた経験談や己の潜在意識と顕在意識を掘り出すことで出てきた言の葉の数々を書き下ろします。リアルから2.5次元までを生きていくためのメッセージを受けとってください。お問い合わせはメール info@izumipromotion.jp まで。


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広尾にて。「俺たちの仕事は世間さまからすりゃ遊びなのよ」

 

ある日、恵比寿で仕事だったから、広尾に行って昼メシを食べてた。

 

広尾。

 

おシャンティでエレガンスでマダムな町だ。

 

そしてかつて自分の人生が変わる瞬間になった町。

 

ここでの出来事はすべて

 

俺は当然、口外することはないけど

 

..

 

「いいか、俺たちの仕事はな。結局、世間さまからすりゃ遊びなんだよ。遊びながらやれ。楽しみながらやれ。固い空気感で濁すな。」

 

と言われたことは今の自分の価値観となったことは覚えてるし、語れる。

 

また、別の方には

 

「きみはなんでこの業界に入りましたか?

この業界でね、必ず最後に残る人は、人が好きな人ですよ。人にリスペクトがある人ですよ」

 

と。

 

..

 

長渕剛さんの西新宿のオヤジの唄 じゃないけど

ゼニにならねえ歌を歌ってた俺に..

 

いろいろなことを教えてくれた町だった。

 

自力で考えてやってた10代〜バンドマン時代。

 

あのとき先入観ですべてを決めつけて生きていた。

 

ただ、目の前のことにフルスイングでロックするためには、多少、決めつけることも必要だった。

 

しかし、音楽も洋服と同じだと思う。

 

10代のとき20代のときに着ていた服は

30代にすべて持ってくことはできない。

 

チョイスしてカスタムして

スタイリングし直す必要があるのだ。

 

あのとき俺は広尾に行って良かったと思う。

 

いまも広尾で出会った人々は交流があるし

 

バンドマンの俺を、破壊し再生させてくれた。

 

広尾が拾ってくれなかったら脳みそがバージョンupしなかったろうし、いまもtokyoにいるか分からない。

 

..

 

あの町の高すぎるランチのw

 

隙間を見つけるように食べてた

 

そば屋 まるやの定食

 

名前忘れたすし屋のランチ(イヅミくんまた寿司なの??って言われてた)

 

路地裏のお母さんがやってる定食屋

 

ラーメンひら匠w (量が爆盛り)

 

破壊した自分の価値観を

バラバラに組み立てるようにノートに書いてた..

 

スターバックスの2Fw

 

の向かいに友達になった不動産屋のやつ。

 

すべてが懐かしい。

 

いまも自宅から近くではあるんだけど

 

近くて遠い町、広尾。。

 

背筋を立てる町、広尾。。

 

..

 

日々、修行。

 

押忍。。